大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成4年(ワ)21484号 判決

原告(反訴被告。以下「原告」という) 阿部正行

訴訟代理人弁護士 若山保宣

被告 アサヒ建材株式会社

代表者清算人 山中保治

被告 株式会社さくら銀行

代表者代表取締役 末松謙一

訴訟代理人弁護士 牧野彊

被告(反訴原告。以下「被告」という) 株式会社三菱銀行

代表者代表取締役 若井恒雄

訴訟代理人弁護士 小野孝男

訴訟復代理人弁護士 近藤基

吉村則起

主文

一  原告と被告アサヒ建材株式会社との間で、原告が別紙供託目録≪省略≫記載の供託金の還付請求権を有することを確認する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  被告株式会社三菱銀行と原告との間で、被告アサヒ建材株式会社が別紙供託目録記載の供託金の還付請求権を有することを確認する。

四  訴訟費用は、本訴と反訴を通じ、被告アサヒ建材株式会社に生じた費用は同被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  本訴請求(原告)

原告と被告らとの間で、原告が別紙供託目録記載の供託金の還付請求権を有することを確認する。

二  反訴請求(被告三菱銀行)

主文第三項と同旨

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  被告アサヒ建材は、勝村建設株式会社に対し、平成二年一一月二〇日当時、一五〇〇万円の請負工事代金債権を有していた(本件債権)。

被告アサヒ建材と勝村建設は、本件債権について、被告アサヒ建材は勝村建設の書面による承諾がなければ債権を譲渡することができないとの特約をしていた。

2  被告アサヒ建材は、平成二年一一月二二日、勝村建設に対し、本件債権を原告に譲渡したことを通知した(被告さくら銀行との間では、≪証拠省略≫及び弁論の全趣旨により認定)。

3  被告さくら銀行(当時の商号は、株式会社太陽神戸三井銀行)は、本件債権について仮差押命令を申し立て、平成二年一二月六日、その仮差押命令が第三債務者である勝村建設に送達された(東京地方裁判所平成二年ヨ第五五一三号事件)。

4  被告三菱銀行は、本件債権について仮差押命令を申し立て、平成二年一二月二〇日、その仮差押命令が第三債務者である勝村建設に送達された(東京地方裁判所平成二年ヨ第五七四八号事件)。

5  勝村建設は、平成三年二月八日、本件債権について、譲渡禁止特約についての原告の善意悪意が不明で債権者を確知することができないこと及び二重の仮差押えがされたことを供託原因として、別紙供託目録記載のとおり供託をした。

二  争点

1  被告アサヒ建材から原告に対して、本件債権の譲渡がされたか(原告と被告アサヒ建材との間では争いがない)。

(原告の主張)

原告は、被告アサヒ建材に対し、平成二年一月一六日に一〇〇〇万円、同月三〇日に五〇〇万円、同年三月二三日に七〇〇万円、同年四月二五日に八〇〇万円、同年六月二五日に五〇〇万円、同年八月二九日に五〇〇万円、同年一〇月一一日に一〇〇〇万円の合計五〇〇〇万円を貸し付けた。

原告は、同年一一月二〇日、被告アサヒ建材の代表取締役山中勇から代理権を与えられたその子の山中保治との間で、被告アサヒ建材のこの借入債務の代物弁済として、本件債権の譲渡契約を締結した。

2  債権譲渡禁止特約の存在について、原告が悪意であったか。原告が善意であったとしても重過失があったか。

(被告さくら銀行、被告三菱銀行の主張)

原告は、本件債権の譲渡を受ける際、本件債権に譲渡禁止特約が付されていることを知っていた。

(被告三菱銀行の主張)

原告は実質的に貸金を業としている者であり、建設工事請負契約から生じる債権に譲渡禁止特約が付されていることは常識であるから、仮に原告が債権譲渡禁止特約の存在を知らなかったとしても、そのことにつき重大な過失がある。

第三争点に対する判断

一  債権譲渡について(争点1)

証拠(≪省略≫、証人小久保吉典、被告アサヒ建材代表者)によれば、次の事実を認めることができる。

1  原告は、被告アサヒ建材に対し、手形貸付の方法で、原告主張のとおり合計五〇〇〇万円の貸付けをした。

2  被告アサヒ建材の代表取締役山中勇は、平成二年六月ころ脳梗塞を患って働くことができなくなったので、その後は山中勇の子である山中保治が被告アサヒ建材の資金繰りを行い、本件の債権譲渡についても、山中保治が山中勇から代理権を与えられて、原告主張のとおり本件債権を原告に譲渡した。

二  原告の悪意について(争点2)

証拠(≪省略≫、証人小久保吉典、被告アサヒ建材代表者)によれば、次の事実を認めることができる。

1  本件債権についての被告アサヒ建材と勝村建設との請負契約書(註文請書)には、表面に「条件及び注意」という見出しを付けて契約条件の抜粋が記載され、その一つとして、債権譲渡禁止の特約も記載されていた。

2  原告は、被告アサヒ建材への貸付資金は小久保吉典から提供を受けていたので、原告がその貸付けを行う時には、小久保も同行して立ち合っていた。

3  原告は、小久保とともに、山中保治に対して貸付金の担保を求め、山中勇が所有する府中市宮町二丁目一〇番七、一〇番八の二筆の宅地(地積合計二六二・三七平方メートル)とその土地上の居宅車庫(床面積合計八二・一四平方メートル)、居宅(床面積合計一一〇・四五平方メートル)の二棟の建物(ただし、居宅については山中保治、山中政治との共有)について、平成二年一一月八日売買を原因として、同月一四日、原告への所有権移転登記を受けた。

4  原告は、小久保とともに、貸付金の担保とするため、被告アサヒ建材が有する工事代金債権についても山中保治に説明を求め、山中保治から勝村建設との請負契約書(註文請書)を見せられて債権を確認した。

5  本件債権の債権譲渡契約書や債権譲渡通知書は、原告が用意して、平成二年一一月二〇日、小久保の立会いの下で、山中保治に被告アサヒ建材の代表者印を押印させた。

6  被告アサヒ建材は、平成二年一一月二〇日と同月二六日の交換日分の手形を不渡りとして、同月二九日に東京手形交換所の取引停止処分を受けた。

7  原告は、昭和五九年九月一三日に貸金業者の登録をしていたが、昭和六二年九月一三日に更新切れで登録を消除された。小久保は、平成四年五月一五日に貸金業者の登録をしている。

以上の認定事実によれば、原告は、小久保とともに、倒産寸前の状態にあった被告アサヒ建材から貸付金の回収をするため、本件債権には譲渡禁止特約が存在することを知りながら、あえて被告アサヒ建材との間で債権譲渡契約を締結したものと推認することができる。

これに対して、証人小久保吉典は、被告アサヒ建材と勝村建設との請負契約書(註文請書)は見たが、債権譲渡禁止特約の記載は読まなかったので、その特約の存在は知らなかったと供述する。しかし、高額の貸付けが短期間に多数回にわたって行われていること、手形貸付という方法が採られていること、債権回収のために不動産の所有権移転や債権譲渡という手段が採られていること、原告は昭和六二年九月まで貸金業者の登録をしていたし、小久保も平成四年五月から貸金業者の登録をしていることを考慮すると、原告や小久保は、本件債権の譲渡を受けた当時も、金銭の貸付けやその回収などの金融の実務について相当程度の知識や経験をもっていたものと認めるべきである。したがって、原告や小久保は、債権には譲渡禁止特約が付されていることがあることも認識していたと考えられ、請負契約書(註文請書)を見ていながら、その表面に「条件及び注意」という見出しを付けて記載されている契約条件は確認しなかったという供述は、信用することができない。

第四結論

以上によれば、原告の被告アサヒ建材に対する請求は理由があるが、被告さくら銀行及び被告三菱銀行との関係では債権譲渡の効力を認めることができないから、原告の請求は理由がなく、被告三菱銀行の反訴請求は理由がある。

(裁判官 片山良廣)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例